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NIKKOHさん。こんばんは。
コメントが遅くなってすみません。
更新された時から、私の為に?書いて下さったのかと思いながら拝見しておりました。
NIKKOHさんも書いておられるように、現実の世界で丸刈り校則を肯定しようとは思いませんし、他にも体育着が短パンからハーフパンツに変わったこと等もそうですが、なるべく現役の中高生が通いやすい学校環境であって欲しいと思っています。
その上で、全員丸刈りになる校則が九州等ではNIKKOHさんよりも下の世代で実在していたことに、ある意味萌えてしまうのは私だけでしょうか(笑)
  • 2018-01-26 23:46
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神戸市の丸刈り校則

昨年は、「ブラック校則」が話題となりました。これを機に、理不尽な校則の改定が進むのでしょうか。
その際には、20年以上前に、理不尽な校則や行き過ぎた管理教育と戦った多くの人々の歩んだ道が、参考になることでしょうね。

神戸新聞に、かつての「丸刈り校則」についての記事が出ていました。
神戸市は、比較的遅くまで、全市域的に丸刈り校則が残存していた地域です。
(1995年に全廃を達成)

経緯がよくわかる記事になっていると思います。

「長髪の中学生は不良」 神戸の校則、今は全廃 2018/1/6 05:30 

かつて神戸の男子中学生はみんな丸刈りだった-。平成の世に入ってからも市立中学校の校則に丸刈り規定があったと聞き、県外出身の記者は素直に驚いた。多感な時期に、丸い頭を強いられる。全国的にも神戸は見直しが遅かったという「男子丸刈り」の風景とは。

1990年代前半、市内の中学校の卒業アルバムは、丸刈りの男子中学生たちの笑顔であふれていた。神戸市教育委員会によると、80年代前半まで多発していた校内暴力を背景に、校外で中学生を見分けやすくするため、全ての市立中学校で丸刈りの校則が存在した。
髪の長さの基準は、教員が毛を指の腹で挟み込んだときに、指の背からはみ出るかどうかという曖昧なもの。当時の職員室や体育教官室には、学校でも長い髪を刈れるようバリカンが常備されていたという。
そのころ現場の教員だった市教委の首席指導主事福田慎治さん(57)は、何度言っても散髪しない生徒の髪を丸刈りにした経験がある。「もちろん保護者に許可を取ってだが、今では許されない。管理教育の一環だった」と振り返る。

「丸刈り」校則の見直しが始まったのは、東灘区の人工島・六甲アイランドに向洋中学校が新設された88(昭和63)年から。同校の校則には丸刈り規定がなかった。87年に文部省(当時)の臨時教育審議会の答申で「個性の尊重」などがうたわれたことが影響した。
向洋中で頭髪が“自由化”されると、部活などで市内の他校と交流する際、同校の生徒が目立った。他校で生徒から校則の改定を求める声が上がり、向洋中から東灘区、さらに西部の中学校へと波及。阪神・淡路大震災が起きた95(平成7)年に全ての市立中学校の校則から丸刈り校則が撤廃された。

ただ市教委の福田さんは「校則の廃止は市教委や教員の指導ではない」と強調する。教員側から議題を持ちかけたとしつつも、生徒会が主導して各校で議論。中には、生徒自身から「風紀が乱れる」と丸刈りの継続を求める意見が出たり、逆に撤廃を求める署名活動まで巻き起こったりする学校もあったという。
その名残は現在使われている中学校の生徒手帳にも。ある中学の頭髪に関する欄には「学習やスポーツに適したもの」とした上で、「頭髪についてのきまりは、第48期生徒会によって改訂され、平成6年度より実施された」と記載される。福田さんは「各校の話し合いの過程で、頭髪の規定は少しずつ違っている」と語り、自主的に校則を守らせる動機付けともなっている。

垂水区出身の本紙男性記者(36)は、ぎりぎり丸刈りを避けた世代。丸刈りにするタイプとは到底思えなかった先輩の頭が、中学入学で次々と丸くなっていくのを見て、小学生ながらに絶望していた。「覚悟して入学したら、校則がなかった。逃げ切れて本当によかった」と今でもほっとした表情を浮かべる。
節度はあっても自由な頭髪で登下校する21世紀の男子中学生たち。その当たり前の風景は二十数年前、丸刈りの先輩たちが真剣に議論したたまものなのだろう。


(引用終わり)




『丸刈り校則たった一人の反乱』という本が、1989年に刊行されています。
厳しい管理教育で名を馳せた愛知県岡崎市で、丸刈り校則を拒否した少年と両親の闘いの記録です。
この本は有名になり、丸刈り校則撤廃に向けた動きが、全国で加速する契機の一つとなりました。
(岡崎市でも、1990年代前半には、すべての中学校で丸刈り校則を撤廃)

ただ、21世紀に入っても丸刈り校則は多数残っていました。特に、九州地区では顕著でした。

丸刈り校則の実施率が最多だったのが熊本県です。
2002年の時点で、まだ過半数の中学校で丸刈り校則が残存していたといいます。
しかし、インターネットを駆使した市民運動が活発化すると、急速に撤廃が進んでいきました。
2006年には、熊本県の公立中学校では、丸刈り校則が全廃となりました。

その後も、丸刈り校則は、鹿児島県の奄美地方で残っていましたが、2013年に、ついに最後の一校で撤廃となりました。

日本のすべての中学校から丸刈り校則が完全に消滅したのは、たった5年前のことなのです。

僕は丸刈りが好きで、もう長いこと丸刈りにしています。
もし、丸刈り校則があったとしても、“僕は” 困ることはありません。
(実際には僕が入学する6~7年前には、丸刈り校則は撤廃されていたが)

しかし、「好きですることと、強制的にさせられることは、まったく違う」ということを忘れてはならないでしょう。

丸刈り校則のために、悩み苦しんだ人が、多くいました。
その中に、立ち上がって声をあげる人が出てきて、やがては社会を動かし、変えていきました。

近頃では、丸刈りに対するマイナスイメージも薄まっていて、自ら丸刈りを選択する人も散見されます。
それは、もしかしたら、このような理不尽な校則が姿を消していったこととも関係しているのかもしれません。
《 一つのヘアスタイルの選択肢 》 として、丸刈りがあるという今の状況を、僕は喜ばしく思っています。




もっとも、僕の歪んだフェチ的には、強制的に一律に丸刈りとなる、かつての丸刈り校則が、(甚だ不謹慎なことながら)ある種の萌えにつながることは否定できません。
これは、加虐 / 被虐嗜好(SM)の、一つの形なのかもしれません。

現代の現実の世界では、皆がそれぞれに望む生き方をできることを願います。

それと並行して、歴史上の世界や空想上の世界において、これからも歪んだ嗜好を満たしていくことになるでしょう。

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日光(Nikkoh)

Author:日光(Nikkoh)
昭和末期生まれ、30代前半のゲイ(男に恋する男)です。
白ブリーフと白短パンとスパンキングが好きな変態で、いろいろ調べたり妄想したりしています。
このブログへは、それらのフェチに関する内容について書いた記事を格納していきます。
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なお、当ブログには、

・ 現実の人間関係においての一切の体罰や暴力行為
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