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小説紹介 『ブリーフの国』

今日は、小説のご紹介です。

題名 : ブリーフの国 
作者 : こじぽん 氏 
あらすじ : 「ブリーフ佐藤」というあだ名で呼ばれる佐藤君は、嫌という気持ちを素直に言えず、
       へらへら笑うことしかできないでいた。
       そんな中、「俺もブリーフが大好きだ」という金子君が表れて……

 小説本文はこちら    小説情報はこちら 

僕にとっては、好みの作品でした。
よかったら読んでみてください。

「僕はブリーフが大好きなんだああああああ!!!!!」

僕も “ブリーフの国” の国民です(´∀`*)

ペニスの早出し実験(TV)

皆さんは、立小便をするときに、ペニスをどうやって出しますか?
パンツの穴を使う人、「上」から出す人、「横」から出す人。
概ね、この3種類になるのでしょうか。

ちなみに、僕はブリーフのゴムを引っ張って、「上」から出します。
穴を使ったことって無いですねー。
「上」から出すのが一番楽で、スピーディーだと思います。

これを、真面目に検証した番組がありました。
有名な 『探偵ナイトスクープ』という長寿番組で、2003年2月14日放送分でした。
僕も日ごろお世話になっているグンゼ社の社員の方々が、身を張って実験されています(笑) 

グンゼ実験2003 (1) グンゼ実験2003 (2)

エントリーしたのは7名。
  • ブリーフで穴を使用。
  • ブリーフで「上」から。
  • ブリーフで「横」から。
  • トランクスで穴を使用。
  • トランクスで「上」から。
  • トランクスで「横」から。
  • 当時の新製品、"カンガルー・ポケット” タイプのパンツ。 
はたして、結果はどうなるのでしょう?

グンゼ実験2003 (3) グンゼ実験2003 (4) グンゼ実験2003 (5) グンゼ実験2003 (6) グンゼ実験2003 (7)  グンゼ実験2003 (8) グンゼ実験2003 (9)

ということで、まず3位以下は、

3位:トランクスで「上」から。 
4位:ブリーフで「横」から。 
5位:トランクスで「横」から。
6位:トランクスで穴を使用。
7位:ブリーフで穴を使用。 

となり、やはりパンツの穴を使うと時間がかかるようです。

第2位は、

グンゼ実験2003 (11)  グンゼ実験2003(12)

”カンガルー・ポケット” タイプのパンツでした。
部長さん(?)が自ら臨まれましたが、会心の結果でご満悦でしたね。

そして、栄えある第1位は、

グンゼ実験2003 (13)  グンゼ実験2003 (14) グンゼ実験2003 (15)  グンゼ実験2003 (16)

ブリーフで「上」から出した人でした!

最初に書いた通り、僕もブリーフで「上」から出すのですが、やはりこれが一番早いですよね。

この社員さんも、普段からブリーフで「上」から出しているとおっしゃっていました(´∀`*) 

3位もトランクスで「上」からでしたので、やはり「上」から出すのが早いという結果で良いと思います。
もちろん、それぞれに慣れた方法でやるのがいいのでしょうけれどね。

最後に、

上司「仕事も、速くしてくれたらいいなと」
部下「頑張ります!」

というやりとりがあり、この有意義(?)な実験はおひらきとなりました。

グンゼ実験2003 (17) グンゼ実験2003 (18)



学生帽について

もう早くも15年以上経ってしまいましたが、中学の頃、学生帽をかぶって登下校していました。

学帽写真

(注:夏服のときには、白い体操帽子をかぶって登下校していました)

僕は、中学の時に20世紀から21世紀への節目を過ぎた世代です。 
公立の中学で学生帽があるというのは、すでにかなりレアで、この世代としては珍しい経験をしたといえるのかもしれません。 

同級生の多くからは、「ダサい」「時代遅れ」などと不評だったと記憶しています。 

でも、個人的には、なんだかバンカラな感じ(?)がして、嫌いじゃなかったです。 
一周回って、カッコいいというのか(笑) 

“旧き佳き伝統” を大切にする学校だったため、いろいろなものが遅くまで残っていましたね。
 
僕が通っていた時には、通学時の肩掛けカバンや、体育のときの白短パンも健在でした。

肩掛けカバンが廃止されたのは、僕が卒業してからすぐ。2~3年後のことでしょうか。
白短パンも、僕の卒業から7~8年くらい後には姿を消しました。

そして、ついに、学生帽の伝統にも終止符が打たれたようです。
平成が終わる前に、このときが訪れたのですね。
(むしろ、平成30年まで残っていたことがすごいと思いますが) 

全国的に見て、学生帽が無くなったのはいつ頃なのでしょう。
元号が昭和から平成に変わり、1990年代に一挙に消滅が進んだというイメージがあります。
(というのは、僕が中学に入学した2000年には、すでにレアだったからです) 

新聞記事を調べてみると、いくつかヒットします。 
不思議と、九州の記事ばかりなのですが。
せっかくですので、ご紹介しましょう。 
(一部、人名など伏せます)

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男子生徒の学生帽姿、全国的に減少の傾向。県内でも長髪増えて、指導も緩和
(熊本日日新聞,1995年11月6日付)

男子生徒の学生帽姿が見られなくなりつつある。明治時代から「学帽」「制帽」の名で親しまれてきた学生帽だが、近年、中・高校でも長髪の生徒が増え、かぶりたがらなくなったことが大きな理由。同時に学校側も「形式的な着用指導は意味がない」と、着用を強制しなくなった背景があるようだ。

熊本市内のある帽子店によると、五、六年前から熊本市内の学校では帽子の着用を生徒の判断にまかせるところが増え、売り上げが大幅に落ちているという。「長髪の子が増え、帽子を嫌がるようになったため。また、詰め襟の黒服に代わって、ブレザー型の制服が増えたことも拍車をかけている」と同店。

京都府にある帽子メーカーでも「学帽がかぶられなくなったのは全国的な傾向。注文数は十年前の三分の一」と裏付ける。

熊本市の熊本工業高校(****校長)では平成六年度から帽子着用を強制しなくなった。今では学生帽をかぶるのは丸刈りの運動部員ぐらいで、男子生徒の約一割ほどしかいない。
「以前は帽子をかぶるよう注意していたが、生徒は帽子を袋に入れてきて教師の前で一瞬かぶるだけだった」と元生徒部長の****教諭。「名ばかりの指導でなく、今は生徒の内面を大事にする教育が求められている。職員会議でも自由化に全員賛成でした」という。

熊本市立武蔵中(****校長)も五年前に帽子の着用を自由にした。「帽子は髪形がくずれるし、カッコ悪い」と二年生の男の子。****教頭は「昨年まではかぶる生徒が一人いたが、今はゼロ。かぶりたくないものを強制しても、生徒、教師ともいやな気分になるだけです」。

同市立碩台小(****校長)では、十数年前まではほとんどの男子がかぶっていたが「いつの間にか、だれもかぶらなくなった」(中野真一郎教頭)という。

一方、熊本市以外では、丸刈りと学帽着用がまだ校則になっている中学校も多い。鹿本地区のある中学校の教頭は「学帽は伝統的なもの。今のところ校則を変えるつもりはない」という。同中も含め校則化しているところは「登、下校時にずっとかぶっているかはともかく、着用率は一〇〇%近い」という。

熊本市立五福小(****校長)は学帽着用を強制していないが、ほとんどの男子がかぶっている。
「伝統校で同校出身の父親や祖父が、帽子は服装の一部と考えているからでしょうか」と学校では話している。

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消えた学帽、頭髪の自由化を契機に/鹿県内中学・高校
(南日本新聞,2000年4月15日付 夕刊)

男子中、高生の登下校風景を見ていてふと気が付いた。「制帽がない」。鹿児島県内では、学生服に制帽はごく当たり前の風景だと思っていた。ところが今、いくら探しても、帽子をかぶった生徒は見当たらない。あの黒い学生帽はいったいいつ姿を消してしまったんだろう。

放課後のJR西鹿児島駅周辺。下校中の生徒に帽子姿を見つけることはできない。鹿児島市内の男子高校生は「中学の最初はあったかな。でもかぶったことなかった」。別の高校生も「中学からなかったし、高校入学のときも買うようにいわれなかった」と話す。

制帽への意見を聞いても「髪が乱れるし、なんかうざったい」とつれない。進学校へ入学したばかりの一年生だけが「かぶりたくはないけど、校章入りの帽子は記念に持っておきたいかな」と答えた。

◆長髪に合わない

鹿児島県教委や鹿児島市教委に尋ねると「今はほとんどかぶっていないよう。でも個々の学校の対応なので、いつからかははっきりしない」との返事。無理をいって調べてもらったところ、今年の四月現在、鹿児島市内の公立中学校で帽子着用の学校はゼロ、高校でも強制しているところはないらしい。県内全体でもかなり少なくなっているようだ。

同市の伊敷中の生徒手帳には、もう「制帽」の文字はない。一九九五(平成七)年、九六年に同校校長を務めた川内市の****教育長(63)は「帽子をかぶる生徒はすでに少なかった気がする」と振り返る。「長髪の生徒が増え、似合わないからと消えていったように記憶している」

そういえば鹿児島市内の中学校は九二年の長田中を皮切りに頭髪の自由化に踏み切り、九五年には三十二校すべてで丸刈りが「廃止」された。学校などの話を総合すると、そのころ頭髪を含む校則の弾力化が進み、髪が伸びるのに並行して、帽子着用も自由になっていったようだ。生徒会で制帽のプラス面、マイナス面を話し合い、廃止の方向を決めたところもあるという。

高校は中学より一足早く、九〇年前後に姿を消したようだ。それ以前から長髪の生徒が多く、セットした髪形が乱れるのを嫌い、先生の立つ校門前でだけ帽子をかぶる生徒も多かった。

鶴丸高校は九〇年ごろから着用を強制しなくなった。今も校則に制服・制帽の規定は残るが、実際にかぶっている生徒はいない。県内の公立高校で頭髪自由化が最後だった鹿児島商業も「着用する場合は学校指定のもの」としており購入は希望者だけ。丸刈りの部活動生「ごく数人」(同校)だけがかぶっているという。

学生帽は、長髪化と校則の簡素化、そして生徒の自主性尊重などが作用し合って消えていったようだ。

◆残る校章

かつて学生帽はバンカラの象徴で、汚したり形をくずしてかぶるのがいきとされた時代もあった。

甲南高校OBの五十代の男性は、祖父が旧制二中、兄も甲南卒。三本の白線の入った帽子にあこがれ、「かぶれたときにはうれしかった。愛着は今もある」と懐かしむ。

戦前から制帽を扱っていた鹿児島市のはぎはら帽子店には、毎年入学前には多くの生徒が帽子を買いに訪れた。しかし、ここ数年、そんな光景もみられなくなった。「昔は帽子を見れば一目でどこの学校かわかった。でも逆にそれがいやな子供もいたでしょうね」と店主の****さん(75)。

**さんは帽子に付ける各校の校章を、今も処分できずに保管している。「時代だから仕方ない。でも残念、寂しいねえ」

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「学生のシンボル」時代とともに 姿消す「制帽」 
(長崎新聞,2001年8月24日付 )

中学、高校の男子生徒らが登下校の際にかぶっていた「制帽」が姿を消しつつある。以前は各学校の校則で着用を指導していたが、十年ほど前から県内の学校でも男子の「丸刈り廃止」の流れが定着、ほとんどの学校が着用を自由化した。今では、町中で詰め襟に学生帽姿の生徒を見掛けることもなくなり、長崎市内の帽子専門店にも在庫がわずかに残るだけだ。

「確か十年ぐらい前かなあ」。制帽を見なくなったいきさつを尋ねると、****・長崎市立日見中学校長が記憶をたどってくれた。**校長は、市内にある中学校の生徒指導担当職員らで構成する「生徒指導主事部会」の部長を務める。

**校長の説明では、約十年前、県内の公私立高校で制帽着用に関して「夏場にかぶると蒸れて暑い」と校則の見直しを求める要望が生徒らから相次いだ。学校側も「衛生面の配慮が必要」と判断、制帽着用の校則の規定を廃止、着用を自由化する動きが広がった。

この時期、生徒の人権尊重などの観点から「丸刈り廃止」が浸透。さらに、教育関係者の間からは「画一的な印象を与える」「軍国主義を想起させる」との意見も上がり始め、「時代に合わなくなり、着用させる意義が薄れた」(**校長)。ここ四、五年で同市内のほとんどの学校の校則から「制帽着用」の記述が消えた。ほかの地域でも「自由化したのでは」(同校長)という。

県内の学校で制帽着用の規定を残している学校数については、県教委も把握していない。だが、担当者は「指導している学校は恐らく残っていないだろう」とみる。

一方、制帽の着用自由化で帽子専門店は打撃を受けた。ヤマシタ帽子店(同市江戸町)では以前、年間約五、六千個を県内で販売していたが、ここ数年間の販売数はゼロ。店内には形崩れした在庫が残るだけ。

同店の**さん(51)は「売り上げにも相当響いた。だが、それよりも、男子学生のシンボルだった制帽が消え、学生らしさが失われていくようで寂しい」と話した。
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こうして見てみると、学生帽は「昭和のアイテム」だと言えるのかもしれませんね。

究極の「ブラック校則」! ~80年代後半の恐るべき管理教育~ (2) 

1980年代の後半、管理教育の全盛期には、今となっては絶対に絶対にあり得ないような、突っ込みどころ満載の、とんでもない校則が現実に存在しました。
前回に引き続き、究極の「ブラック校則」を余すところなくご覧いただき、その凄まじさに圧倒されていただくとしましょう。

前回の記事 も併せてご覧ください。 

註:筆者には、管理教育や体罰などの学校現場における人権侵害を、肯定したり奨励したり美化したりする意図は一切ありません。

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第2章 生徒心得

本校生徒は「我等の信条」及び「以下の諸規定」に基づき、常に自覚と責任をもって行動し、人格の向上と品位ある学校づくりに努めなければならない。 

1.礼儀、態度 → 前回の記事 を参照されたし。

2.服装、身だしなみ

《 頭髪規定 》 → 前回の記事 を参照されたし。
《 服装規定 》 → 前回の記事 を参照されたし。

3.校内生活

(1) 本校における生徒の動作時刻を次の通り定める。

丹南中の校時表

(2) 朝は、無断遅刻のないように登校し、教室に入った者から順に自分の席に着席すること。
  この時着席したら、全員一斉に行なう挨拶を除いて、1校時終了まで席を立ってはいけない。 

※ 無断遅刻の罰則 
  1回目=1校時の授業を正座して受けさせる。 
  2回目=1・2校時の授業を正座。授業の間の休み時間も教室移動を除いて立ってはいけない。 
   (以下同じ。体育等の実技科目と正座が重なった時は、見学又は欠課扱いとなる。) 

(3) 登校後、終業 〔授業・部活動共〕 まで校外に出たり、校外に電話をかけたり、校外の人と接触したりしてはいけない。 

(4) 行動は、常に敏速にし、集会の遅刻等、絶対に人に迷惑をかけることがないように注意すること。 
  集会等の遅刻の罰則は自主打尻とする。
  自主的に「尻もち」つく、自分で壁に尻をぶつける等、周囲の人が納得する方法で尻を打ちつけること。 

(5) 欠席、早退、理由のある遅刻等は所定の形式で保護者が届け出ること。許可できない場合もある。
  本人、友人、祖父母等による連絡は、理由のいかんにかかわらず受付けない。 

(6) 部活動の対外試合、忌引等による欠席の扱いは、その都度職員会議で決定する。
  ただし、忌引きについては、目安として、1親等=3日、2親等=2日、3親等=1日となっている。 

(7) けが、病気等の理由で体育等の実技科目を見学する時は、医師の診断書をそえて、保護者が届け出ること。
  町の条例により、診断書のない者は全員、実技に参加させるので、見学が必要なときは、軽い病気等であっても医師の診断書を受けること。 

(8) 女子・生理による体育実技の見学は一切認めない。ただし、水泳に限り、最も多い日のみ許可する場合もある。詳しくは、担当の先生の指示に従うこと。 

(9) 登校後のけが・病気等による授業の欠課・見学には保健部の許可が必要である。許可が必要な時は、生徒保健委員と一緒に保健室へ行き、速やかに届け出ること。 

(10) 朝8時30分からの短学活は、月・水・木・金曜は10分間、火・土曜は5分間行う。内容は在校点呼、その日の連絡等である。司会は、その日の日番が行なうこと。 

(11) 朝礼は、火・土曜の短学活終了後、放送により行なう。司会等は全て放送室で行なうが、各教室でも騒がしくならないよう、お互いに注意しあうこと。 

(12) 朝8時40分からの頭髪検査は、月・水・金・土曜に行なう。方法は、《 頭髪規定 》 に定められた方法とする。 

 
《頭髪規定》の(6)  頭髪検査は、毎週月・水・木・土の朝又は、予告なく行う。男子は7mm幅の板を頭に置き、髪の毛の方が長い時は、指導されることもある。女子は、糸等で「長さ」「2段階か」「一直線か」を調べ、必要ならば指導を行うこともある。 


(13) 朝8時40分からの服装検査は、毎日行なう。方法は、《 服装規定 》 に定められた方法とする。 

 
《服装規定》の(15) 服装検査は、毎日1・2回行う。主に認証マーク・校章マークについて調べるが、合わせてスカート床上等重要部分の計測も行うので注意すること。また、検査中は時間内に終わるよう協力すること。 


(14) 朝8時40分からの所持品検査は、上記検査の後時間が余った時に行なう。 

(15) 集金は全て、上記検査の時に行なう。先生が1人1人検査を行なうので、自分が検査されている時に先生に渡すこと。 

(16) 授業は極めて真面目に受け、人に迷惑をかけないようにつとめること。 

(17) 授業中はどんな場合でも先生の指示に従うこと。無断で落とした消しゴムをひらったりしてはいけない。 

(18) 授業中先生に用がある時は、静かに挙手をすること。 

(19) 校内における挙手は全て、右手を45度前方に挙げるものとする。 

(20) 教室の座席は、毎月3年1組生徒による抽選にて決定する。毎月1日に、校門前に抽選結果を掲示するので正しく着席すること。 

(21) 体育等の授業で更衣が必要な時は更衣室を利用すること。更衣室のロッカーは1人につき1つ利用し、足りない時は床に1列に並べて置くこと。

(22) 授業に必要な物を忘れて登校した者は、その時間中、中庭又は職員室で正座させるので注意すること。 

(23) 校具、照明の使用には許可がいるので注意すること。 

(24) 机の使用については次の通りとする。 
 (イ) 机の中には、生徒会・部活動関係の物のみを入れること。これ以外の私物を入れてはいけない。 
 (ロ) 机の右側にはカバンのみを水平にかけること。 
 (ハ) 机の左側には、在校中=サブバッグ、下校後=シューズ袋のみを水平にかけること。 

(25) 本校では、必要な所持品は全て指定又は規制されている。指定・規制のなされていない物は全て不用物であるから、一切の持参・所持を禁止する。原則として例外は認めない。 

 ※ 文化祭等の準備に際しても、指定・規制のなされていない所持品は認めない。特に、ハサミ等の用具は学級により不公平が生じるので厳しく取り締まる。必要ならば校内で借りること。先着順に貸し出す。 

(26) カバンの使用については次の通りとする。 
 (イ) カバンの中心部 〔一番広い所〕 には教科書・ノート類、および下敷きを入れる。 
 (ロ) カバンの外側のポケットには、配布されたプリント類を入れる。上記(25)により、ファイル等の使用は認めない。これ以外のポケットは使用しない。 
 (ハ) 上記(イ)(ロ)以外の所持品、筆箱、体育用制服、シューズ等は全てさぶバックに入れること。 
 (ニ) 校内にシューズを保管するときは必ず、本校指定シューズ袋に入れ机の左側にかけること。シューズ袋にシューズ以外の物を入れてはいけない。所定の枠内に正しく記名すること。 

(27) ポケットの使用については次の通りとする。 
 (イ) 胸ポケットは物を紛失しやすいので使用しない。名札と共に縫い付けておくこと。 
 (ロ) 冬服時は、上衣の外側の右ポケットにハンカチ・ハナカミを入れ、左ポケットに生徒手帳を入れる。内ポケット・ズボン等のポケットの使用は絶対禁止する。 
 (ハ) 夏服時は、ズボン・スカートの前側の右ポケットにハンカチ・ハナカミを入れ、左ポケットに生徒手帳を入れる。後側ポケット等、これ以外のポケットの使用は絶対禁止する。 
 (ニ) ポケットにはハンカチ・ハナカミ・生徒手帳以外の物を入れてはいけない。本校では、平素は現金の所持は禁止であるが、集金日等にポケットに現金を入れることがないよう特に注意すること。 
 (ホ) 上記(ニ)により、ポケットに手を入れることも禁止する。3年生の女子全員及び卒業後本校制服を使用しない男子については、10月1日の衣替え時にズボン・スカートのポケットを縫い付けること。詳細は3年時の9月に連絡する。 

(28) 所持品検査は毎回、体育等の授業時に行なう。ポケット等の検査を行なうこともあるので、検査をしやすいよう、制服はたたんでロッカーに入れておくこと。特に整理のできていない者については所持品違反と同じ扱いとする。
 なお、他の検査と同様予告なく行なうこともあるので注意すること。生徒風紀委員による所持品検査は絶対禁止する。なお、没収物は親に返却する。 

(29) 男女共、制服のホック・ボタンは全て止め、袖等をまくらない。 

(30) 校内 〔登下校含む〕 は静粛を旨とし、特に下記の点に注意すること。 
 (イ) 黙動 : 廊下、校内の通路、トイレ等の教室以外の場所では絶対に口を開かぬこと。挨拶は会釈のみにとどめること。(挨拶をしないのは問題外である) 
 (ロ) 黙食 : 給食の準備完了の時からクラス全員が食事を終えるまでの間は、絶対に話(会話)をしてはいけない。止むなく話が必要な時は、静かに手を挙げて先生の指示を待つこと。 
 (ハ) 黙立 : 朝礼等の集合のとき、止むなく上記(イ)の黙動がやぶられた時は、「気をつけ」の姿勢を取ると共に話をやめ、以後絶対に口を開かぬこと。 

(31) 校内の通路は全て右側通行、静止禁止である。いかなる理由があろうとも、立ち止まってはいけない。また、なるべく男子は通路右半分の中央寄り、女子は右半分の外側寄りを歩くよう心掛けよう。 

(32) 全てのトイレ及び一部の階段・通路は学級別に指定されている。面倒でも、自クラス以外の指定になっている所は使用してはいけない。無用の批判をさけるため生徒各々が注意すること。 

(33) 昼休み以外の休み時間は、教室移動・トイレ以外での自教室からの外出を厳禁する。これ以外の外出は前時限担当の先生の許可証をもらうこと。無用の外出には許可証は出さない。
 また、出席番号奇数の者は奇数時限後に、偶数の者は偶数時限後にトイレに行くように心掛けること。
 汗をぬぐったり、下敷きであおいだりしてはいけない。 

(34) 男女共、トイレ及び他人の室に入るのは一度に5人以内とする。1人が出たのを確認してから次の者が入ること。また、混雑した時にはドアをさけて廊下右半分の外側寄りに一列に並んで待つこと。 

(35) 昼休みの20分間に限り、グラウンド・中庭への外出を許可する。ただし、バレーボール以外の遊び道具・ベンチの使用、放歌等は絶対禁止である。特に、グラウンドの土、動植物、空き缶等のゴミで遊ばないよう注意すること。また、植木の下等でくつろぐのも、特に許可が無い限りいけない。 

(36) 上記(35)のバレーボールの使用には生徒指導部の許可がいる。許可の必要な者は前日の昼休みに申し出ること。許可人数はバレーボール1個につき2~10人とする。3日以内に校則違反をした者には許可しない。 

(37) 全ての清掃は極めて真面目に行なうこと。 

(38) 男子・清掃の際の服装は、夏服時は 上=本校指定シャツ 〔カッターの下に着用している肌着〕、下=体育用制服の短パン。 
 冬服時は上下共体育用制服とする。 

(39) 女子・清掃の際の服装は、夏冬共体育用制服とする。 

(40) 清掃において1つの役割分担を果たすグループを、出席番号順に5人ずつと決める。 ※ 清掃方法(41)~(48)

(41) 出席番号1~5番の者は、全員横1列に並んで教室の床をほうきで掃くこと。 

(42) 出席番号6~10番の者は、1~5番の者が掃きやすいように机を移動させ、さらに掃いた後をきれいに雑巾がけすること。 

(43) 出席番号11~15番の者は、自教室の前の廊下をきれいに掃き、その後きれいに雑巾がけすること。 

(44) 出席番号16~20番の者は、自教室の黒板とその周囲を雑巾がけした後、全ての机の上を雑巾がけすること。 

(45) 出席番号21~25番の者は、(41)と同じ方法で指定された特別教室を掃くこと。 

(46) 出席番号26~30番の者は、(42)と同じ方法で指定された特別教室をふくこと。 

(47) 出席番号31~35番の者は、(43)と同じ方法で指定された特別教室の前の廊下をきれいにすること。 

(48) 出席番号36~40番の者は、(44)と同じ方法で指定された特別教室備品をきれいにすること。 

(49) 土曜・半日の日の校舎外清掃についてはその都度連絡するので、とりあえず全員指定された集合場所に集合すること。 

(50) 土曜・半日の日の部室清掃についてはその部で責任を持って行なうこと。毎回13:20~13:25の間に清掃状態の検査を行なう。 
  ※ 清掃状態が悪い場合の罰則
    3年生=正座13:30~14:00+再清掃 
    2年生=正座13:30~14:30 (1時間) 
    1年生=正座13:30~15:30 (2時間)

(51) 校内 〔含登下校〕 では、給食・弁当以外の物を摂取してはいけない。特に、部活動の後等に水を飲んだりすることがないよう注意すること。ただし、薬等を摂取するのに必要な場合のみ、職員室で30cc(コップ4分の1)の水を与える。 

(52) 校内における5人以上の会合は、理由のいかんにかかわらず係先生の同席を要する。無用の会合 〔打ち上げ会、パーティー〕 等は絶対禁止する。 

(53) 校内における広報活動 〔掲示、放送、呼び込み、出版、印刷、配布〕 等は絶対禁止する。特に文化祭当日等に注意すること。 

(54) クラス活動、部活動のミーティングは定められた日時に定められた場所で行なうこと。 

(55) 本校卒業後6年以内は同窓会的なことを行なってはいけない。人に迷惑をかけないようお互いに注意されたい。 

(56) 部活動等で校外へ出かけた時は、本校生としての自覚を持ち、人から批判されることのないような行動をとること。

(57) 研修旅行・修学旅行等の校外学習の際の規則・心得等についてはその都度連絡する。 

(58) 校内生活に関してほんの一言でも注意を受けた者、正座等の処罰を受けた者は2日以内に、400字~800字の反省文を提出すること。 

(59) 校内生活に関して、特に校則違反の目立つ者を毎月50人抽出し、校内の窓ふき・トイレのタイル磨きをさせる。時間は、約2時間である。

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相変わらず、突っ込みどころ満載ですね。
突っ込みどころしかありませんね(笑)

これだけ書いても、まだまだ終わりません。やっと半分くらいかな。
というわけで、次回に続きます。

神戸市の丸刈り校則

昨年は、「ブラック校則」が話題となりました。これを機に、理不尽な校則の改定が進むのでしょうか。
その際には、20年以上前に、理不尽な校則や行き過ぎた管理教育と戦った多くの人々の歩んだ道が、参考になることでしょうね。

神戸新聞に、かつての「丸刈り校則」についての記事が出ていました。
神戸市は、比較的遅くまで、全市域的に丸刈り校則が残存していた地域です。
(1995年に全廃を達成)

経緯がよくわかる記事になっていると思います。

「長髪の中学生は不良」 神戸の校則、今は全廃 2018/1/6 05:30 

かつて神戸の男子中学生はみんな丸刈りだった-。平成の世に入ってからも市立中学校の校則に丸刈り規定があったと聞き、県外出身の記者は素直に驚いた。多感な時期に、丸い頭を強いられる。全国的にも神戸は見直しが遅かったという「男子丸刈り」の風景とは。

1990年代前半、市内の中学校の卒業アルバムは、丸刈りの男子中学生たちの笑顔であふれていた。神戸市教育委員会によると、80年代前半まで多発していた校内暴力を背景に、校外で中学生を見分けやすくするため、全ての市立中学校で丸刈りの校則が存在した。
髪の長さの基準は、教員が毛を指の腹で挟み込んだときに、指の背からはみ出るかどうかという曖昧なもの。当時の職員室や体育教官室には、学校でも長い髪を刈れるようバリカンが常備されていたという。
そのころ現場の教員だった市教委の首席指導主事福田慎治さん(57)は、何度言っても散髪しない生徒の髪を丸刈りにした経験がある。「もちろん保護者に許可を取ってだが、今では許されない。管理教育の一環だった」と振り返る。

「丸刈り」校則の見直しが始まったのは、東灘区の人工島・六甲アイランドに向洋中学校が新設された88(昭和63)年から。同校の校則には丸刈り規定がなかった。87年に文部省(当時)の臨時教育審議会の答申で「個性の尊重」などがうたわれたことが影響した。
向洋中で頭髪が“自由化”されると、部活などで市内の他校と交流する際、同校の生徒が目立った。他校で生徒から校則の改定を求める声が上がり、向洋中から東灘区、さらに西部の中学校へと波及。阪神・淡路大震災が起きた95(平成7)年に全ての市立中学校の校則から丸刈り校則が撤廃された。

ただ市教委の福田さんは「校則の廃止は市教委や教員の指導ではない」と強調する。教員側から議題を持ちかけたとしつつも、生徒会が主導して各校で議論。中には、生徒自身から「風紀が乱れる」と丸刈りの継続を求める意見が出たり、逆に撤廃を求める署名活動まで巻き起こったりする学校もあったという。
その名残は現在使われている中学校の生徒手帳にも。ある中学の頭髪に関する欄には「学習やスポーツに適したもの」とした上で、「頭髪についてのきまりは、第48期生徒会によって改訂され、平成6年度より実施された」と記載される。福田さんは「各校の話し合いの過程で、頭髪の規定は少しずつ違っている」と語り、自主的に校則を守らせる動機付けともなっている。

垂水区出身の本紙男性記者(36)は、ぎりぎり丸刈りを避けた世代。丸刈りにするタイプとは到底思えなかった先輩の頭が、中学入学で次々と丸くなっていくのを見て、小学生ながらに絶望していた。「覚悟して入学したら、校則がなかった。逃げ切れて本当によかった」と今でもほっとした表情を浮かべる。
節度はあっても自由な頭髪で登下校する21世紀の男子中学生たち。その当たり前の風景は二十数年前、丸刈りの先輩たちが真剣に議論したたまものなのだろう。


(引用終わり)




『丸刈り校則たった一人の反乱』という本が、1989年に刊行されています。
厳しい管理教育で名を馳せた愛知県岡崎市で、丸刈り校則を拒否した少年と両親の闘いの記録です。
この本は有名になり、丸刈り校則撤廃に向けた動きが、全国で加速する契機の一つとなりました。
(岡崎市でも、1990年代前半には、すべての中学校で丸刈り校則を撤廃)

ただ、21世紀に入っても丸刈り校則は多数残っていました。特に、九州地区では顕著でした。

丸刈り校則の実施率が最多だったのが熊本県です。
2002年の時点で、まだ過半数の中学校で丸刈り校則が残存していたといいます。
しかし、インターネットを駆使した市民運動が活発化すると、急速に撤廃が進んでいきました。
2006年には、熊本県の公立中学校では、丸刈り校則が全廃となりました。

その後も、丸刈り校則は、鹿児島県の奄美地方で残っていましたが、2013年に、ついに最後の一校で撤廃となりました。

日本のすべての中学校から丸刈り校則が完全に消滅したのは、たった5年前のことなのです。

僕は丸刈りが好きで、もう長いこと丸刈りにしています。
もし、丸刈り校則があったとしても、“僕は” 困ることはありません。
(実際には僕が入学する6~7年前には、丸刈り校則は撤廃されていたが)

しかし、「好きですることと、強制的にさせられることは、まったく違う」ということを忘れてはならないでしょう。

丸刈り校則のために、悩み苦しんだ人が、多くいました。
その中に、立ち上がって声をあげる人が出てきて、やがては社会を動かし、変えていきました。

近頃では、丸刈りに対するマイナスイメージも薄まっていて、自ら丸刈りを選択する人も散見されます。
それは、もしかしたら、このような理不尽な校則が姿を消していったこととも関係しているのかもしれません。
《 一つのヘアスタイルの選択肢 》 として、丸刈りがあるという今の状況を、僕は喜ばしく思っています。




もっとも、僕の歪んだフェチ的には、強制的に一律に丸刈りとなる、かつての丸刈り校則が、(甚だ不謹慎なことながら)ある種の萌えにつながることは否定できません。
これは、加虐 / 被虐嗜好(SM)の、一つの形なのかもしれません。

現代の現実の世界では、皆がそれぞれに望む生き方をできることを願います。

それと並行して、歴史上の世界や空想上の世界において、これからも歪んだ嗜好を満たしていくことになるでしょう。

Appendix

プロフィール

日光(Nikkoh)

Author:日光(Nikkoh)
昭和末期生まれ、30代前半のゲイ(男に恋する男)です。
白ブリーフと白短パンとスパンキングが好きな変態で、いろいろ調べたり妄想したりしています。
このブログへは、それらのフェチに関する内容について書いた記事を格納していきます。
《 未成年者の閲覧を禁止 》します。
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なお、当ブログには、

・ 現実の人間関係においての一切の体罰や暴力行為
・ 現実の教育における管理教育

を推奨する意図はありません。

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